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2015年10月17日 (土)

エア(ライン) バッグ

1961(昭和36)年 名古屋へ。確たる将来の見通しもなく伝手を頼って就職した。初任給は7000円ほどだったが寮生活は楽しかった。通勤は市電で40分…長閑な時代。地下鉄は既に名古屋駅前~栄の間が開通していたが、市内の移動はまだ市電とバスが主役を担っていた。

駅前には大名古屋ビルヂング、毎日ビル、豊田ビルなどが景観を保っていたが、一歩入ると低層の建屋も多くあった。 で、職場の近くには数社の外国エアラインの事務所があり、その社員の方と顔なじみなった。当時は1ドル360円の時代…海外旅行なんて思いもつかなかったが、その社員の方からエア(ライン)バッグ を譲ってもらうことがあり同僚とアミダくじの対象とした。人気はパンナム(PANAM)のバッグ。細身でカッコ良かった。8年前引っ越すときに処分してもう手元には無い。そして、もう1つ…SAS(スカンジナビア・エア・システム)も持っていた。
Panam_01
Sas_01 (画像はwebより 一部筆者加工)

 

ふと、エア(ライン)バッグ のことを思い出した。

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