フォト

ポチッと

  • ↓↓↓
無料ブログはココログ

« 青空、久し振り | トップページ | 黒雲がやって来る »

2017年8月 1日 (火)

8月と聞くと…

 普段は2~3日か精々1週間程度の範囲で思い返していることが多いが、8月の声を聞くとそれが一挙に1945(昭和20)年前後まで飛んでしまう。勿論、断片的にそれ以前のことも思い返すことはあるが…これまでの人生でのいろいろな出来事を思い出す切っ掛けになるのが私にとっては8月と言うことになる。

 隣家のラジオの前で近所の人達と一緒に「玉音放送」を訳も分からず聴いたシーンが影絵のように甦る。何日か後、2階の窓から快晴の空を右に左に行き交う米軍機をただ見ている自分。(これらは以前当ブログに書いた)

 ご近所との声の掛け合いも朝夕の挨拶からちょっとした助け合い。向こう三軒両隣の繋がりは強いものがあった。今ならプライバシー云々…と嫌がられるようなことが必要な時代だった。勿論、子供たちの数も圧倒的に多かった。よその子でも本気で叱る大人がそこここに居た。(我が母校の小学校は当時生徒総数約900人、現在は100人前後)

 水泳は古橋、橋爪の日本勢とコンノ(日系アメリカ人)とのデッドヒートは大人も子供も一番の関心の的。敗戦で打ちひしがれた日本人に勇気と元気を与えてくれたと後に評価された。しかし、少し時期は違うかもしれないがやってきた3Aのサンフランシスコ・シールズに日本のプロ球団が全敗してガッカリしたことも思い出す。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA#.E8.A9.A6.E5.90.88.E7.B5.90.E6.9E.9C

 大相撲では横綱・吉葉山の印象が強い。大関で全勝優勝し横綱に昇進したが、その後優勝なしで引退だったと記憶している。その伝記はt映画にもなった。鏡里、千代の山と思い出すのは横綱。巨漢の大内山やさば折りが得意な大起、そして当時唯一郷土出身の幕内力士だった清惠波の勝敗はいつも一番の関心事だった。

 プロレス力道山の活躍はもう少し後になる。

 (…小中学校に通っていた頃を思い出すままに…)

« 青空、久し振り | トップページ | 黒雲がやって来る »

所感・雑感」カテゴリの記事

金沢の思い出」カテゴリの記事

コメント

懐かしいお話ありがとうございます
さすがに玉音放送は聞けませんでしたが、子供の頃の情景が蘇ります。

当時の子供向け雑誌の表紙には、力士や野球選手などが定番でしたね。
僕は少年、近所の友人は少年画報、少年クラブ、冒険王、痛快王などとっていました。
みんなで回し読みです。
付録がまた魅力的で、工作物が1つ、その他漫画の別冊10大付録等、発売日が楽しみでした。

清惠波はいつも大起にサバ折りでやられていたような気がします。
清惠波は美男力士で前頭2枚目が最高だったと思います。
今の遠藤も怪我をしっかり治さないと、前頭止まりになっていまいます。

小学校は5クラスありました。

♪朝早き町の景色に 山川をうしろに~
の中学校の同窓会の案内が届きました。
学制改革70周年だそうです。
10月14日です。

懐かしくてつい長文になってしまいました。


石鉄さんへ
ハイ そうでした…雑誌の付録は楽しみでした。それに当時は貸本屋もありましたですね。

中学校の同窓会は還暦時に山代温泉で盛大にやりましたが、その後はありません。幹事さんもいろいろ事情があるようで…

大相撲遠藤は惜しいですねぇー。怪我をしにくい体形のように思っていましたが…

10月14日はどうぞ十分お楽しみになってくださ~い!…(^v^)/

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 青空、久し振り | トップページ | 黒雲がやって来る »